東天紅鶏





東天紅の呼称

 

 江戸時代の人は、雄鶏の声を「トーテンコー」と写していたのです。

そして、「東天光」とか東天紅」という漢字を当てていた。          

江戸時代の国語辞書「書言字考節用集」享保二年(1717)刊行にも、 

「東天光(トウテンクヮウ)―鶏の暁の声―」とある。

当時、一般的に使用された鶏の異名であったものである。

 

  東天光:東の空(天)が光に包まれてくる頃に鳴くことから

 

  東天紅:東の空(天)が明るく(紅く)なる頃に鳴くことから

 

 一種「トウテンカウ」ト云フアリ      博物誌 明治12年7月

 

 褐色長尾鶏  一名 東天紅   日本家禽全書 明治39年2月

 

 東天紅             家禽標準 大正8年  

 

 東天紅とはいつの時代に何人の附したるものなる哉

是は夜明にあけんとして東天に紅いを差するの頃

天性の美声を延々と引きて時を告ぐるに因みたる名称にて

鶏と云ひ名称と云ひ如何にも優美至極なりと謂ふべしである 

                 尾長鶏並に諸鶏の記 五十嵐正龍 大正12年10月13日

  

 東天紅鶏   Totennko,a long singing bureed of fowls  
                 家禽図鑑  三井高遂・衣川義雄 共著 昭和8年 (1933) 発行
  東天紅鶏 
 本月3日官報文部省告示第314号ヲ以テ指定相成候東天紅鶏ニ対スル指定ノ事由並ニ保存ノ要件下記ノ通文部省宗教局長ヨリ通知有之候条御了知相成度
          天然紀念物指定ノ件照会  昭和11年9月19日
 
 
トウテンカウ       博物誌 明治12年7月(1879)
東天紅       日本家禽全書 明治39年2月(1906)

東天紅       家禽標準  中央畜産会 大正8年 (1919)

東天紅鶏      家禽図鑑  昭和8年      
東天紅鶏      官報文部省告示第314号 昭和11年9月19(1936)
 

 



 博物雑誌 第5号「長尾鶏ノ説」田中房種  

              明治12年7月刊行

 

 ~・・・・・・・・・・・・・~

  又土佐ニ一種「サカハタウ」云

 フアリ高岡郡左川村ヨリ出ツ又

 一種「トウテンカウ」ト云フアリ皆「シ

 ノハラタウ」ノ別種ニシテ形状大抵相似

 タリト云フ

 

  明治十二年七月

              田中房種記



 日本家禽全書 再版 日本家禽協会

                 明治39年2月 

 

  褐色長尾鶏  一名 東天紅

 

 此種の特色は其鳴声の頗る長くして且最も長く余韻を曳くに在り、而して羽色其他の銀灰色種と差異ある点は左の如し

 

 雄 頭は暗赤栗色にして頸に近くに従ひ淡色となる、頸羽は光輝ある   

暗赤色又は橙赤色にして各羽の中央に黒條あり、背は暗赤色なり、鞍羽は其色頸羽に均しく光輝あり、而して胸及体躯は純黒色とす、翼肩は濃赤色にして前縁は黒く、主羽は黒色にして褐色の覆輪を有し、副翼羽は黒色にして下半面褐色の覆輪あり、覆翼羽は帯緑黒にして翼を横ぎり 斑を顕す、尾羽及腿は総て黒色にして嘴及脛趾は共に黄色なり

 

 雌 羽毛は褐色又は暗褐色にして淡褐色の覆輪あり、頸羽は中央に広き黒條線あり、背の羽毛は黄褐色の覆輪あり、胸は暗褐色にして体の下方に至りて淡色となり、軟羽は灰褐色なり、翼の主羽及副羽は石盤褐色にして副羽の外半面には淡褐色の覆輪あり、覆羽は濃褐色にして暗褐色の覆輪を有す、尾は暗黒色を呈し、主羽及覆羽は黄金褐色にして暗褐色の覆輪あり、嘴及脛趾の色は雄に同し

 



暁紅長声記 五十嵐正龍

 

 山本駒太郎氏の談話を筆記したもの、これを基礎に五十嵐氏は尾長鶏並に諸鶏の記(東天紅の頁)を作成したと思われる。



 

家禽標準  中央畜産会 大正8年 (1919)

 

 東 天 紅

 本種は土佐の原産にして産卵力極めて弱きも鳴声美朗なるを以て名あり

       標 準 体 重

     雄・・・・・四百五十匁    雌・・・・・二百五十匁

 

雌雄の形状色沢は赤笹長尾鶏に同じ 只尾及簑羽の伸長力は遙に長尾鶏簑曳鶏に劣るも 他の鶏種に比し稍長し。    

 


尾長鶏並に諸鶏の記(五十嵐文書)

            五十嵐正龍 記 大正12年

 

   東天紅

此鶏の事はちょと前■に記せしが当くわ志く再記すべし 

東天紅に二種あり一種を声長と云ひ又一名を声統とも云ふ  

多くは褐色であるが又黒色と褐色と混合志たのもある

皆ごみ足である 又足に毛を生する鶏もある 足毛のものは

下品である 尾と蓑毛は長くたれて美しくそのう

たひ声は長くして甚だ優美てある うたひ方のよき

鶏は初めのうたひ出しをほそく中にてもりあげ それよ

り声をほそめてふしもてう志もよくなつみなく順

序正しくうたうのであるが鶏によりて 初の出しをふ

とく又仕舞もふとく或いは 声あしく又は声が志やれ又

ふしもて志もあしく或は 声みそくして長くて引

かず 又仕舞に声を返すなどいなしがありてよき鶏は出来

難きものである

うたひてすみたるときに再び声を出しておヽと鳴く鶏

かある 是を一の欠点とするが おヽと声を返すのは空気を吐き

 

 

すから次に空気を吸込みてすぐ吐く時に声を返すので計らず

おヽと声が出る 然るに鶏によりて少しも声を返さんもの 

がある かくの如く声を返すのは至極もつともであるが

是を欠点なりとするのはちと無理である

外一種を東天紅と称す是はすべて声長と同し事

てあるが其声が声統ほど長くなひものである しかし

普通鶏のうたひ声よりはずつと長きものである

声統の飼養法は前■に記したる長尾鶏と同様である                     

生魚をくわすと咽喉に病を生じてごろごろと鳴る これをご

ろと云ふ ごろが付くとよき声が出んやうになるもので

あるから魚類は焼きて與ふるをよしとす

此声統は諸所に散在して居るが長岡香美の両郡に多ひ

のである 其中で山田方面に飼育者が多くある

余も大正九年の春より声長鶏を飼育中であるが欠点

なくしてよくうたう鶏は容易ヽヽできんものである

  大正十二年一月二十五日記す                     正龍

 

 

      東天紅                                                       

 此鶏の事は前■に記せしが当記載すべし此鶏には種類があ  

先ず褐色が普通であるが又黄色もあり或は褐色へすこしく黒色

の交りたるのもあり 又黒色勝ちにてすこしく褐色の混合せるのもある

然るに褐色が多数で其他のものは少数であるいづれもごみ足で是

が東天紅の特色である 中には足に毛を生ずる種類がある 是は品位

が劣りて野卑に見ゆるから面白くなひのである 冠は三つ切れか又四つ

きれがよろしひ五つ六つときれこみの多きものはよくないひものである

三つ切れとは剣が四つ切れが三つ四つきれは剣が五つで四つの切れ

込みである 而して冠のふとさは其鶏の身体に連れたる程度が

よろしひ 長大の鶏で冠ちひさくてもよくなし 又短少の鶏で冠が

ふとすぎると見苦きものである 上たぶは真白くてふとく下たぶも

長く垂れて形状は長く又首も長く足はすつかりと高く尾は沢

山で上へ立てず又右或は左の方へ傾斜せずに真ぐに流し込みて

地に曳き蓑毛もゆつたりと長くたれて居るのが見事である それか

らうたひ方であるが是が中ヽ六かしきもので完全無欠のうたひ方を

する鶏は出来難きものである 鶏に依りては声が短かく又声が志

やれ或はうたう節があしく 又調子がわんとか又声がゆれるとか 又

うたひ仕舞に声を返すとか 又長きうたひ方をする鶏に数声うた

ひて後には極短きうたひを交ぜるのもある 是等は皆欠点である

 

 

よくうたう鶏は初めにコケコーと出す時に善くコケコーがわかるやうに声をほそく静かにゆるヽヽと出してコケコーオーと次第に張りあげてそれからいつとなくオーとさげて仕舞に声がふとく

終らず 又ほそずぎて消へ込むようにも終らず丁度よき度合ひ

にて仕舞をつくるのが上乗である 志かしいくら善くうたうても

すみたる後ちに再びオーと声を返へすのは欠点である 此声を

返すのは如何なる訳けかと云へは長々とうたひてすんだときには空

気を吐きすから息がきれる そこですぐ空気を吸ひ込みて

すぐ吐く時に計らずオーと声が出るのである 是は無理もなき

事であるが之を欠点とするのである うたう間を時計で計ると

短かき鶏は一声の間が先づ六七秒で是は普通である 鶏に依りては

十二三秒もある 是は普通以上で又十四五秒の鶏もある 十四五秒延べるのは

余程立派なものでゆつくり聞く間がある それから大に延ぶ鶏にな

ると十七八秒がある 是は中々立派至極で極上々と謂ふべしである 声

長以外の鶏のうたひ声は鳴きてもあまり快感を覚へんもので 又洋

鶏などの声はあらヽヽしくて耳に障りて聞くに堪へんものであるが

東天紅の声統の声は静かにやわらかにして耳が澄み渡りて

如何にも爽快千萬であるが美しく東天に紅いを呈し 夜が将に

明けんとして世間が静まり返りたるの時に閏中にて此美声を聞くのが

なんとも謂へんよきこヽちがするものて如何に心なき人と雖も誰も皆

同感ならんと思はるヽのである

 

   

 此鶏は我が土佐の名産で古来の系統が継読して今日に至りて居のである かくの如き品位の高当なる鶏は萬国に比較すべきものがなひ 是はたしかに天下に誇るに足るへき名鳥也と断言すへきである

 東天紅とはいつの時代に何人の附したるものなる哉 是は夜明にあけんとして東天に紅いを差するの頃 天性の美声を延々と引きて時を告ぐるに因みたる名称にて 鶏と云ひ名称と云ひ如何にも優美至極なりと謂ふべしである

 声長鶏の飼養法は前に記したる尾長鶏の飼育方と先づ同様である声長鶏には決して生魚を食は志むべからず 生魚を食は志むると咽喉に病を生じてごろヽヽと鳴りだして うつくしき声が出んようになる 俗に之をゴロと云ふ

 此鶏も昔は諸方に沢山居りしが世態の変遷に連れて次第ヽヽに少数となつた 現今は長岡香美の両郡に多きのである 其中でも香美郡に(山田町方面に)飼養者が多数である

  

  大正十二年十月十三日         正龍

                                                       記之

 



家禽研究 第一巻第六号 大正十三年六月五日発行

    日本種号 27頁

 長鳴鳥の話 ー東天紅の鳴き方などに就いてー

   土佐 長声園主 山本駒太郎

 

 ー常世の長鳴鳥は今の東天紅ー

 

 ー東天紅の起源 羽色及び形態ー

 

 ー十七八秒も永く鳴く東天紅ー

 

 声長いわれるやうに、東天紅の鳴き声は長いが、只長い許りでなく、長い中に抑揚があり、強弱もなければならぬといふやうに其のうたい方は中々六つかしいもので、完全無欠のうたい方をする鶏は出来難いものである。

鶏に依りては声の短いもの、声のじゃれるもの、うたふ節が悪く調子の揃はないもの、声のゆれるもの、うたひ仕舞に声を返すもの、長いうたひ方をする鶏に時として極短きうたひを交ぜるものがある。

以上述べたやうな事は皆欠点である。

併し大じゃれは無論欠点であるが、少敷くじゃれ気味を帯てうたい方の頗るいいのがある。

それは決して欠点ではなく、 却ってそこにゑも云はれない味がある。

 善くうたふ鶏は始めにこけこうと出す時によくこけこうが分るやうに声を静かに細くゆるゆると出してこけこうおおと次第に張りあげ、それからいつとなくおおと下げて仕舞ひ、声がふとからず、ほそからず、静かに仕舞を付けるのが上乗であります。

こけこ、又はこつこうと出すのは句が足らぬから欠点である。

併しいくら善くうたふても仕舞におおと声を返すのは如何なる訳かと云ふと、長々とうたふからすんだ時には空気を吐き出して息が切れるので、空気を吸ひ込み、すぐ吐いて後に計らずもおおと声が出るので、無理もない事である。併し是が一つの欠点である。

 うたひ声を時計で計つて見ると先づ十秒の間うたふと可なりききでがある十秒うたふ鶏は普通以上で、普通の鶏は先づ六七秒計りである。

鶏に依りては十七八秒も延べるものがある。

時計の十七八秒は一瞬間のやうであるが鶏のうたひ声はなかなか長くてゆつくりと聞く間のあるものである。

 

 ー東天紅の育雛法と名の起源ー

  



東天紅鶏   天然記念物指定に関する申請書類



家禽図鑑   三井高遂・衣川義雄共著 昭和8年(1933)

          本体337頁 別冊162頁



天然記念物調査報告 動物之部 第三輯 文部省 昭和13年1月20日

 

  35頁~37頁 畜養動物の天然記念物 東天紅鶏

 

 東天に紅染める頃朗らかにゆったりと長くあとをひきながら歌ひ暁を告げる東天紅鶏は遠い神代に因縁の深いものとも云はれるが、それはいつの頃からか連綿と今に伝はり、愛玩鶏として広く内外にしられて居る。

 現今高知県下で飼はれて居る東天紅鶏の優良鶏は香美郡明治村倉入の山本駒太郎が安政の初年九歳の頃から昭和9年八十一歳に至るまで丹精して愛育したものの系統で、それは山本翁の死後に生前翁と同好の友であった山田町の村山茗一郎によって保存飼養されたものである。

 

 東天紅鶏は大和鶏から淘汰せられものであらうが、いかにも優美な姿態を有ち、その羽毛は普通褐色であるが、黄色、褐色、黒色の混交したものや、黒味勝で少し褐色を交へたものも見うけられる。

 理想的と云はれる肉冠は厚く、又四つ切と云つて剣が五つ、切込が四つあるものであるが、それには三つ切や五つ切の場合もある。

 耳朶は真白で大きく、八足蜘蛛の太鼓の俤を有ち、肉髯がゆつたりと垂れて居るのを良いと看做し、又頸と体躯とは共に長きを貴ぶのである。

 脚は高く淡青色なるを特徴とするが、ときには黄青色のものや青黒色のものもある。

 屡々脚に毛を生ずるものもあるが、それは余り品位のよいもんではない。

 一般に簑羽がゆつたりと長く垂れ、又尾羽が豊富ですらりと流れて地に曳くものを推奨するのである。

 尾羽は長さ凡そ一米に達するが、それは土佐藩主が参勤交代の行列に用ゐられた毛槍や鳶烏の馬標に利用せられたものである。



 

 審査標準 高知県日本鶏保存会

 



東天紅の名称

 

 明治12年7月刊行の田中房種記 博物雑誌 第5号「長尾鶏ノ説」に「トウテンカウ」ト云フアリ・・・と記されていることから、本種は明治以前からトウテンコウと呼ばれていたことは確かである。

当時はまだオナガドリの一種と見られており、はっきりと別品種であると認められていなかった。

  

東天紅と漢字で記されたもので最も古いものは、明治22年9月に上野公園で開催された日本家禽協会主催の第一回家禽品評会の出品目録に、長尾鶏三点の内東天紅一点、篠原統二点としてあるものである。

 

まだ、オナガドリの一種と見られており、長鳴き鶏として一品種と認められていなかったのである。

 

本種が一品種として公認されたのは大正八年、中央畜産会発行の家禽標準からでそれ以前のものには記載されていない。

 



 東天紅鶏の優良鶏は山本駒太郎が安政の初年(1854)九歳の頃から昭和9年(1934)八十一歳に至るまで丹精して愛育したものの系統で、それは山本翁の死後に同好の友であった村山茗一郎によって保存飼養された鶏が元鶏である。

天然記念物調査報告 動物之部 第三輯 文部省)

 

 昭和に入っては堀川系が有名で、のちには澤田系が作出された。この澤田系は現在の20秒鶏の元祖となったのである。