尾長鶏並に諸鶏の記

尾長鶏並に諸鶏の記
尾長鶏並に諸鶏の記

 

尾長鶏に関する彩色絵図・・・39頁

 

尾長鶏の説明・・・・・・・・29頁

 

東天紅その他諸鶏の説明・・・18頁

著者
著者

 

著者

 五十嵐正龍 

五十嵐文吉三男 安政二年八月二十六日

高知市廿代町に生れ 少年の頃より長尾鶏、

東天紅、及野鳥飼育を好み長年研究した

昭和六年三月二十六日卒行年七十七歳

 

 長尾鶏専門家が五十嵐家文書と云ふは

此の書である

尾長鶏
尾長鶏

尾長鶏

 此鶏は我が土佐の名産にて之を篠原統

の尾長と云ふ 然るに昔はよほど盛んに

流行したから諸方に散在して之を飼育し

たのであるが近来は段々と衰へて来て著

しく減少した 夫れといふのも世並が善

くて生計が豊であったからか楽み一方で

飼ふたゆへ蕃殖するばかりで減ずる事が

かったが 後ちだんだんと世態の変

遷に連れて飼育者の中には幾分か営利的

の飼養にて変じた傾向もあり 又交通の

道も追々と開けたので自然と縣外又は西

洋諸国へも売り出すから次第に其

数が減少して益すゝゝ衰徴となつたので

惜むへき事には善き素性の統が絶へたの

もある 

東天紅

諸鶏の記
諸鶏の記

 

諸鶏の記

 普通の篠原統並に普通の東天紅は昔は

市郡共に飼育して沢山に居りしが数十

前より次第ヽヽに減少して現今は全く絶

へた様子である 此二種は尾蓑が停止性

あるから尾長鶏の様に見事にはなひが

れども尾蓑長くたれて頗る美く上品

なものである

 鶉尾鶏身体矮小にして褐色なり 其尾

長からずして丸く巻き込み甚だ上品にて

めずらしきものなり性温順なり此種類は

年県外にて流行せし多く売り出して

今全く絶へたる様子なりいとおしき事なり

 

黒がやり
黒がやり
エセ毛
エセ毛
モギチ
モギチ
白藤
白藤
褐色
褐色
白(はく)
白(はく)


尾長鶏に関する彩色絵図・・・39頁

 



尾長鶏の説明・・・・・・・・29頁

 

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   尾長鶏

 此鶏は我が土佐の名産にて之を篠原統の尾長と云ふ

然るに昔よほど盛んに流行したから諸方に散在して 之を飼育し

のであるが近来は段々と衰へて来て著しく減少した

夫れといふのも世並が善くて生計が豊であったからか楽み一方で

ふたゆへ蕃殖するばかりで減ずる事がかったが後ちだんだんと

世態の変遷に連れて 飼育者の中には幾分か営の飼養にて変じ

た傾向もあり 又交通の道も追々と開けたので自と縣外又は西

諸国へも売り出すから 次第に其数が減少して益すゝゝ衰徴

となつたので惜むへき事には 善き素性の統が絶へたのもある 

其後は又一層衰へたからツイすると此種類が全く絶滅するのではな

いかとまでに■■はしくなつたので依って之を保護的に飼育し

此血統をして永く後世に伝へしめたいものであると志考して居た

柄 近来にりてやゝ飼育者の数を増し々流行したした 

甚だ喜はしく思はるゝ然るにたゝ営利一方の飼育では甚だ物足らぬ

心地がせらるゝ利はより計るべくてして之を排斥するではない

利を計る傍ら保護的に飼育するといふ点にも注 

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意し此鶏の系統を永遠に伝へ 我土佐の名産を何時迄も継続せしむといふに注意せざるを得んのである 古来此鶏は範囲廣く流行せず処々に散在して 小部分の人のみが飼育し来ったのであるが之は如何なる理由かといふに普通の鶏は坪や又囲ひの内へ放養するから面倒がなく話がないけれども此尾長鶏は全く趣を異にするので甚だ手数である 真実好きでないと一時の逸り気や人の勧めなとに応じて飼へる事ではない 何となれは春生れの雛が晩秋若くは初冬の頃に至りて羽毛全く替はり 其尾が大凡一尺五六寸か又は二尺計りに延びて少しく地上に曳く様になった時に雞舎に入れるのである て戸屋の高さは大凡五六尺横幅三尺余り奥行が五六寸で上方に止り木を作り始終夫れへ止まらせて置くのである 戸屋は人々の好みに依り構造に多少の相違はあるが何れも雞の正面処は格子となりて多くは金網みを張り其金網みの処に白紙を貼り付けてある

 是は鶏が外部を見ることを防ぎたもので此の如奥ゆきを狭くする訳けは鶏が自由に後方を見返ったり又左右に身を動かす事を防ぐ為めで前後左右に身体を動かす時は尾蓑が切断 

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する恐れがあるからで格の如くにして食物と飲水を与へ少時も欠乏するこ

とのない様に注意せねはならぬ 戸屋に入れた当時数日の間は窮屈を感ずるのであろふ時として暴れ出し止り木より落る事もある

夫れ故に初めて戸屋に入れたる当時には善く注意せねは鶏を傷める事がないとも言へぬ 数日を経過すると窮屈に訓れて来て自然と鎮静する

之れは此雞は人の為に此窮屈な戸屋入れられて飼育せらるゝといふ先天的の性質をけて居るゆえであろふかと思はるゝ何となれは此の如き戸屋に入れられざれは麗なる尾蓑を全くすることが出来ぬのである

 て戸屋に入れて後ちには一日に一回若くは二回計り出して十分若くは十五分計り地上に放ち天性好める貝殻等を食はしめ自由に遊歩せしむるのが必要で若し数日間地上に放たざる時には身体の発育を害するから自然に衰弱するゆへ大に注意せねはならぬ

 又食餌と飲水とは少しも欠乏せぬ様せさるを得ん若し水面にマキのこぼれ又は小塵等が浮ぶ時には必ず清浄なる水を汲み替へてやるのが大に必要である 是等の世話が善く行き届くと否とは其結果が直ちに雞の毛色と形体とに見るゝのであるから 

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飼育者の世話の出来ると出来ないと自然其鶏に依りて表彰せらるゝのであ

 此の如くにして年月をるに従ひ其尾蓑が次第に延長するのであるから餘程気長世話をせねはならぬ 所謂十年一日の如しの覚悟でなけれは世話を仕遂げる事が出来ぬのである 然るに尾が長く垂につけては自然と下方にたくすなる スルと上に糞が落ちて穢れ汚れる患ひがあるから後ろの方へ支への為にちいさき升 又は木を横に渡して尾蓑を其上に掛け下方には箱を置きて糞を受けるので之は尾蓑を大切にするゆえんである

 さて此鶏の飼育者は我土佐全国に亘りて散在して居るのであるが土佐郡以西は少数で大部分は同郡より東方に在る 就中此鶏の渕源地とも云ふべきは長岡郡で中でも飼者育の多いのは浜改田、里改田、片山、下田、大埇、篠原、後免、等であるが其中里改田が古来有名なる流行地で長尾鶏の本家地とも云ふべきである

 此雞を俗に篠原統と称するのであるから何にか篠原と云ふのに因縁のある事の様にもあるが篠原近辺の各村が流行地でもあり彼是考へ合はして見ると篠原村が此鶏の出身地かも知れぬ様に 

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も思はるゝのである然るに普通の鶏は秋より初冬にかけて全身の羽毛が脱け替る 所謂トヤをして新たな羽毛が生するのである 古き尾蓑が脱落して新たに生へ出る時には其本の方を白き皮を以て巻きて居るが段々と延ひるに従ひ其落皮が先きの方から次第ゝゝに剥落し延び詰めて止つた時には全く無くなつて仕舞ふのである

此の延び詰めた尾蓑を引き抜きて其尖端を見る時は固結して甲の如くになりて居る之を以て海魚を釣るのシヤビキを作り 又楊子を作ること得べしであるが尾長鶏の尾蓑は全く其趣きを異にして居る終身之が脱け替らぬ訳けは本をは皮を以て夏秋冬絶へ間なく大凡五分以上二寸計り巻きて居る之をマキと称へるのである

尾蓑が延びるに従ひ其巻が先きの方からこぼれ落ちて大凡五六分となると又其巻きが大凡二寸計りに延び又こぼれて短かくなるものである この尾蓑を引き抜きて見る時は普通雞の如く其先端が固結して居らず皮にて巻きたる先きに■血が附着し 又抜け跡より血液が湧出するので之れ即ち夜間断なく延長しつゝある所以である 数年前尾長鶏の研究書を出 

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された米国コロンビヤ大学の教授バシボルド氏の説に食物の如何に依りて其尾蓑が延長するであろふと云つて居らたが此長尾雞の尾蓑が延びるのは断じて食物の関係ではない 若し数日間飲食物を与へずとも幾分か尾蓑の延長する事は止まらぬものである て終に餓死すると共に停止する訳けで此鶏の生命のある限りは其延長をは止めない

之が実に奇々妙々である 而して尾長鶏の食物は普通雞と同一にして少しも相違はない雞の尾蓑は停止し尾長雞お尾蓑が停止せんのは天性にして決して怪むに足らん 之は今更云ふまでもなく明らかに分かつた事である 此雞には多くの種類がある 白藤と云ひ白と云ひ黒がやりと云ひモギチと云ひエセ毛と云ひ赤と云ひ 白藤とは毛色黒白の混合にて白とは純白のもの黒がやりとは黒色にして少しく色黄色等の混交したものを云ひ  モギチとエセ毛とは大差なくして黒黄赤等の混合色にて赤とは褐色である 近年白藤に一名を付して漣浪といふ由しに聞きしが此名称は我が土佐以外の人士が付けたものだろふ思はるゝ 洋種鶏に漣浪ブリモースロックといふのがある之は白色に黒点があって小鳥絞りの形状 

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をなして居るから漣浪といふのも可なりであるが多分是等から持ち来りて白藤に漣浪との名称を付けたのかと思はるゝが之は適当なる名称でない何となれは白藤の毛色は白色の中央に黒條がある 

 又雞に依りては頸び毛抔に黒点のかすつたものも遇まあるが漣浪に形どる程の斑文でない 古来之を白藤といふのはただ毛色が白くして白花の藤の色に似たりといふ計りではなかろふと思ふ 頭毛蓑毛共に悠垂下し艶婉たる有様は初夏の候林間に掛かれる白藤花のいと美しく咲き乱れたる光景にもよく似て居るから言ひ出したるものならんと思はるゝので甚だ面白みあり且つ優美なる名称である

 我が土佐の国に於て漣浪と謂つては通用せぬのである 以上種の中にて色彩最も美麗にして且つ壮観なるは白藤である 白藤で完全なるものが出来たならは尾長雞中の第一位を占むるのであるが理想の雞は容易く生れぬものである

 とも人に依りて多少好みが違ふので白藤を好むとあり黒かやり或は赤など夫々の相違があるから一我意にも云へぬ さて此鶏を戸屋より出して地上に放ちたる時喜び勇みて羽翼を叩き尾蓑を開らき 

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て数歩前進せる時の光景は天下如何なる鳥類と雖ども比類すべくも  

あらず綽約たる光彩四辺(あたり)を払つて壮観優美の極である

 然るに此尾長鶏の尾蓑に就きて一奇がある 何となれは普通の鶏類は単に尾と云ひ蓑毛といふのみであるが尾長鶏は尾蓑を小別して部分々々に依り夫れゝゝの名称を附して字の如きものがある

 一々之を挙ぐれは先ず尾房(おふさ)の中央に相並びて生ずる二本を引尾と云ひ 其下方に一本或は二本あるを裏尾(うらを)と云ひ 引尾の上部にある二本をウワヨレと云ひ 下方の左右の上下二重に数本宛(づつ)相並びたるを脇尾と云ふ 之を小別して上部のを上尾(うわを)又はソトコ云ひ 下部のを下尾(したを)又はウチコ云ふ

 此脇尾の下方の下方の中央に稍々幅廣きもの二本或は三本又は四本あり之をコウゲと云ひ

 其傍最も巾廣く長さ大凡一尺五寸以上二尺計りのもの二本或は三本又は四本あり之をコウガイと云ふ

 コウゲ、コウガイ共鶏に依り多少の相違がある 左右に一本づゝか又一方には一本一方二本合せて三本もあり又左右共に二本づゝもある 左右合せて四本より多きは絶へてなきものである 故に二本コウゲ三本コウゲ四本コウ毛と云ふのである飼育者は 

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コウ毛の多きのを喜ぶのてあるがコウガイは延長せんからコウ毛程に重きを置かんものである 又鶏に依り尾のはえ方が正しきものと稍々正しからざるものとあり 正しきものは尾の種類を見分ることが容易なれども正しからざるものはちょつがある 

最も短くし長さ僅かに大凡七八寸計りのもの左右に数本宛(づつ)相並びたるを鴉尾(からすを)又は雌尾(めんを)と云ふ 又蓑毛を三種に別つのであるが最も下方の黒き分を黒蓑と云ひ 上部にあるを単に蓑と云ひ 又上部にあるをキシヨウ毛と云ひ 或は化粧毛とも云ふのである                    

然るに白藤の蓑は黒色であるから一見してが出来るが黒かやりは黒みを帯びて居るから黒蓑と蓑とが鶏に依りては分明ならざるものがあるが本尾(ほんを)に接迫せる下方の部分が黒蓑である

 此の他の種類は容易ゝゝ見分る事が出来るのである 以上尾蓑の名称に就き一々意義を質(ただ)せは引尾とは長く延長して地に曳くと云ふ訳けであろふかと思ふ裏尾とはうらを見せて居るからで ウワヨレとは尾房の上部にありて根本(ねもと)より其先端に至るまでグルリゞと縒(よ)れて居るゆへに 

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もあるから尾の数は一定したものではない先づ二十本内外である 又尾の幅に廣狭いがあり黒蓑にも亦多寡がある 尾幅の狭き鶏は尾の数は多くても壮観にない尾幅廣くして多数有るものに若くはないのである 尾蓑には黒色と紺色との二種がある之は鶏の性質に依るものである 又まゝゝ尾に幾分か白色又褐色等の交わったものがあるが是は理由を知る事はずツイシた或る変化に依るものならんと思はるゝのである 又黒蓑が多数ると尾と共に曳きて甚だ見事なものである 又尾蓑共に質に硬軟の別がある 尾蓑が出初めには硬くても追々延長する中に軟らかくなるものがある 軟らか過ぎるものはだんゝゝと延ひる中に自然に切断するから程度よく硬きものに若くはない 程よく硬きものは切断するの憂ひがない

 然るに又余り硬た過ぎたるものは切断する事もあり 又鶏に依り延長する事が停止するの憂もる 素性の悪しき鶏はまゝゝ停止することがある 尾蓑の程度は硬軟中間の質をけたるものが上乗である 白藤は尾蓑共に軟らかなものであるが赤の尾蓑は 

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尾と中ドヤと異なる点は一見して分かる本尾の尖端は鋭利なれども中ドヤの先端は幅廣くして丸みを帯び居る 右に述べたる数種類中にて一種の中にでも亦多少の相違がある 而して白藤に就きて謂はんに毛色大に冴へて雪の如きものとあまり冴へ切らんものと

 又少しく淡黄色を帯びたるもの等がある 又腹部の毛は純黒のものと 又黒色白色の小点が交つたものがある 此小点のあるものは胸が乱れて居ると言つて一つの欠点である 又肩及背の上に赤色又は淡紅色或は褐色等の毛を生じて頸び毛と蓑毛との中間を切断せるものがある

 之を白藤の胴切りと謂ふ 此様に背上等にサシ毛を生ずるのは原種鶏の原色を見はしたるものである 右に述べた如く数種類のあるのは配合孵化の変化で又モギチとエセ毛とは胸より腹にかけて褐色黄色等のサシ毛がある 而して白藤に於ては 頸び毛蓑毛は より肩及背上共に真白にして雪の如く冴へ切りたるものに 若くはない 他の種類に於ても亦多少の異違があるが略して一々挙げぬのである さて鶏に依り尾を右方又は左方に傾 

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斜するものがある 之は一つの欠点と謂はねはならぬ 然れども尾蓑が延長して地に曳く時に至りて初めて此傾斜が顕はれぬ様になる 何となれは尾蓑を長く地に引きたる時には重量が自然と傾斜を支へるからである 頭兜即雞冠に三つ切れ四つ切れ五つ六つと種々の切れ込みがある

 第一等が三つ切れで 四つ切れ之に次ぎ あまり繁く切れたのは面白みがない 普通が四つ切れ以上で三つ切れは少なきものである

冠はなるべくちいさきがよろしい何となれは二年三年と経るに従って太くなる 太くなると勢ひ一方に傾斜する 細さき冠と雖も戸屋入りの後に時を告ぐる場合には頭らを上方に揚ぐるゆえ 冠が天井に衝突すれは一方に傾斜するから止り木をあまり上方に上げず適当の処に付るに注意すべしである 又頭兜の後方が後頭部に垂下せるのは見苦るしきもので後方が揚りて後頭と相離れたのが上乗である 又鶏に依りて上朶が白赤混合のものがあるが戸屋に入れて日を経るに従ひ純白となるから戸屋入り前の赤朶(耳朶とも云ふ)は決して欠点ではない 又体格は成るべく大きくして丈長く 趾は高き方が立派で体格の小さきものは尾 

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蓑が延長するに従がひ次第に小さく見ゆるもので体格の大なるものほど壮観である 右に述べたる数種類の中でも味のすくないのは白で全身純白であるから少しも抑揚がない 又尾蓑共に幅狭く且つ多くは尾性の悪しきもので 他の種類よりは延長の結果が劣る

 又嘴と足とは黄色であるが他の種類は嘴は黒色を帯び足は皆な黒色で俗に之をゴミ足と云ふ此ゴミ足が長尾鶏の特色である 

さて尾長鶏の飼育者の中には我が飼養せる雞は八本コウ毛であると謂つて 誇る者が遇まヽヽなきにしもあらずであるが是は人の誤解である 何となれは前述べたるが如きでコウ毛コウガイ共に四本づゝより多きものはない此様な人はコウ毛とコウガイとの区別を知らぬものでコウガイをとカウ毛なりと見て居るゆえである コウ毛とコウガイとの相違は一見明瞭にして少しも 紛れのなきもので夫れは既に述べた通りてある

 



東天紅その他諸鶏の説明・・・18頁

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   東天紅

此鶏の事はちょと前■に記せしが当くわ志く再記すべし

東天紅に二種あり一種を声長と云ひ又一名を声統とも云ふ   

多くは褐色であるが又黒色と褐色と混合志たのもある

皆ごみ足である 又足に毛を生する鶏もある 足毛のものは

下品である 尾と蓑毛は長くたれて美しくそのう

たひ声は長くして甚だ優美てある うたひ方のよき

鶏は初めのうたひ出しをほそく中にてもりあげ それよ

り声をほそめてふしもてう志もよくなつみなく順

序正しくうたうのであるが鶏によりて 初の出しをふ

とく又仕舞もふとく或いは 声あしく又は声が志やれ又

ふしもて志もあしく或は 声みそくして長くて引

かず 又仕舞に声を返すなどいなしがありてよき鶏は出来

難きものである

うたひてすみたるときに再び声を出しておヽと鳴く鶏

かある 是を一の欠点とするが おヽと声を返すのは空気を吐き

 

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すから次に空気を吸込みてすぐ吐く時に声を返すので計らず     おヽと声が出る 然るに鶏によりて少しも声を返さんもの

がある かくの如く声を返すのは至極もつともであるが

是を欠点なりとするのはちと無理である

外一種を東天紅と称す是はすべて声長と同し事

てあるが其声が声統ほど長くなひものである しかし

普通鶏のうたひ声よりはずつと長きものである

声統の飼養法は前■に記したる長尾鶏と同様である                     

生魚をくわすと咽喉に病を生じてごろごろと鳴る これをご

ろと云ふ ごろが付くとよき声が出んやうになるもので

あるから魚類は焼きて與ふるをよしとす

此声統は諸所に散在して居るが長岡香美の両郡に多ひ

のである 其中で山田方面に飼育者が多くある

余も大正九年の春より声長鶏を飼育中であるが欠点

なくしてよくうたう鶏は容易ヽヽできんものである

  大正十二年一月二十五日記す 正龍

 

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    東天紅       

 此鶏の事は前■に記せしが当記載すべし此鶏には種類があ  

先ず褐色が普通であるが又黄色もあり或は褐色へすこしく黒色

の交りたるのもあり 又黒色勝ちにてすこしく褐色の混合せるのもある

然るに褐色が多数で其他のものは少数であるいづれもごみ足で是

が東天紅の特色である 中には足に毛を生ずる種類がある 是は品位

が劣りて野卑に見ゆるから面白くなひのである 冠は三つ切れか又四つ

きれがよろしひ五つ六つときれこみの多きものはよくないひものである

三つ切れとは剣が四つ切れが三つ四つきれは剣が五つで四つの切れ

込みである 而して冠のふとさは其鶏の身体に連れたる程度が

よろしひ 長大の鶏で冠ちひさくてもよくなし 又短少の鶏で冠が

ふとすぎると見苦きものである 上たぶは真白くてふとく下たぶも

長く垂れて形状は長く又首も長く足はすつかりと高く尾は沢

山で上へ立てず又右或は左の方へ傾斜せずに真ぐに流し込みて

地に曳き蓑毛もゆつたりと長くたれて居るのが見事である それか

らうたひ方であるが是が中ヽ六かしきもので完全無欠のうたひ方を

する鶏は出来難きものである 鶏に依りては声が短かく又声が志

やれ或はうたう節があしく 又調子がわんとか又声がゆれるとか 又

うたひ仕舞に声を返すとか 又長きうたひ方をする鶏に数声うた

ひて後には極短きうたひを交ぜるのもある 是等は皆欠点である

 

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よくうたう鶏は初めにコケコーと出す時に善くコケコーがわかるやうに声をほそく静かにゆるヽヽと出してコケコーオーと次第に張りあげてそれからいつとなくオーとさげて仕舞に声がふとく

終らず 又ほそずぎて消へ込むようにも終らず丁度よき度合ひ

にて仕舞をつくるのが上乗である 志かしいくら善くうたうても

すみたる後ちに再びオーと声を返へすのは欠点である 此声を

返すのは如何なる訳けかと云へは長々とうたひてすんだときには空

気を吐きすから息がきれる そこですぐ空気を吸ひ込みて

すぐ吐く時に計らずオーと声が出るのである 是は無理もなき

事であるが之を欠点とするのである うたう間を時計で計ると

短かき鶏は一声の間が先づ六七秒で是は普通である 鶏に依りては

十二三秒もある 是は普通以上で又十四五秒の鶏もある

十四五秒延べるのは余程立派なものでゆつくり聞く間がある

 それから大に延ぶ鶏になると十七八秒がある 是は中々立派至極で極上々と謂ふべしである

長以外の鶏のうたひ声は鳴きてもあまり快感を覚へんもので 又洋鶏などの声はあらヽヽしくて耳に障りて聞くに堪へんものである

東天紅の声統の声は静かにやわらかにして耳が澄み渡りて

如何にも爽快千萬であるが美しく東天に紅いを呈し 夜が将に明けんとして世間が静まり返りたるの時に閏中にて此美声を聞くのがなんとも謂へんよきこヽちがするものて如何に心なき人と雖も誰も皆同感ならんと思はるヽのである

 

 

 此鶏は我が土佐の名産で古来の系統が継読して今日に至りて居のである かくの如き品位の高当なる鶏は萬国に比較すべきものがなひ 是はたしかに天下に誇るに足るへき名鳥也と断言すへきである

 東天紅とはいつの時代に何人の附したるものなる哉 是は夜明にあけんとして東天に紅いを差するの頃 天性の美声を延々と引きて時を告ぐるに因みたる名称にて 鶏と云ひ名称と云ひ如何にも優美至極なりと謂ふべしである

 声長鶏の飼養法は前に記したる尾長鶏の飼育方と先づ同様である声長鶏には決して生魚を食は志むべからず 生魚を食は志むると咽喉に病を生じてごろヽヽと鳴りだして うつくしき声が出んようになる 俗に之をゴロと云ふ

 此鶏も昔は諸方に沢山居りしが世態の変遷に連れて次第ヽヽに少数となつた 現今は長岡香美の両郡に多きのである 其中でも香美郡に(山田町方面に)飼養者が多数である

  

  大正十二年十月十三日         正龍

                      記之

 

諸鶏の記